作成者別アーカイブ: webadmin

ととごはん

こちらのコンテンツでは金子健一が、「おとうさんだらけの秘密会議(仮)」の様子
や、ととごはんレシピ、いっちゃんとの毎日などを語っていきます。

 test_01 test_02 test_03 test_04

※写真は、ホソクボさん、吉森くんの FB から転載させていただきました。

大根役者を読み解く

吐く息も白い、凛とした冬の朝
大根をコトコト火にかける
冬は静かで白い季節
曇りはじめた窓ごしに
しんしんと雪が舞う

玄人に対して素人(しろうと)
大根の真っ白い姿をかけて
「大根役者」という言葉が
生まれたんだとか…
煮ても、焼いても、おろしても
いい仕事をしてくれる大根は
むしろ千両役者なのにね

ゆっくりと部屋の空気が
温もりを帯びてきて
そろそろ味もしみ込むころ

鍋のフタをあけると再び
真っ白い湯気に包まれた

〜〜2014.12「フィッテ」「つむぎやの野菜ごよみ」エッセイより〜〜

木守柿

日付の変わるころ、鶴岡から戻りました。
「オラいの柿食う会」、東京代々木、鶴岡湯田川温泉、それぞれ来ていただいた方、本当にありがとうございました。

イベントとイベントの間に、尊敬していた叔父が他界したこともあり、怒濤な日々。いやぁ、今日はゆっくり物思いにふけりたいものですが、方々におまたせしている原稿仕事と、明日明後日の仕込みも…

閑話休題、鶴岡を旅すると、ある言葉が浮かんでまいります。「風土」という言葉です。大好きな秋田のフリーペーパー『のんびり』の編集長である藤本さんとの出会いから、その言葉のなりたちを意識するようになりました。
風の人がいて、土の人がいて、風土が作られる。鶴岡はまさにその理想的な土地であるなと。今回のイベントでは、それを強く意識する日々でした。

五十嵐さんは、まさにまさに「土」の人。そして東京にはあたたかな「風」を届けていただきました。
そもそもこのイベントの源流をたどっていくと、「よみがえりのレシピ」の渡辺監督やまつのりちゃん夫婦がいて、さらにその源流には、まどかさんがいて、本当にみなさん「風」と「土」の双方の役割をこなしていらっしゃって、いつもリスペクトしているのですが、そんなたくさんのご縁に導かれてのシアワセな日々でございました。

東京ローカルなDADA CAFEの田村さん、そして湯田川温泉つかさやの庄司さんは「土」の人。そして鶴岡では本当に素晴らしい「土」の人々とお会いすることができました。

この場を借りて、たくさんのみなさまに御礼申し上げます。
ありがとうございました!!!
そしていつも多大なるサポートしくれるヨメのミスミノリコも感謝感謝です。

つむぎや、そしてミスミ共々、よりよき「風」になっていけますように。

来年も庄内の美しい里山に、豊かな実りがあることを願って。

またお会いしませう。
今後ともご贔屓に!

〜〜2014.11マツーラfacebookより〜〜

「粘着質」への考察

「わたし粘着質なんです」

「わたし粘着質なんです」
初対面の女性と話していた時のこと
自己紹介の流れからふいに切り出されて
妙に好感を持ってしまった

潔い宣言の仕方に惹かれた
というところもあるかもしれない
でもあらためて考えてみると
粘っこいということは
むしろ長所なのではないのかなと

横綱白鵬の土俵際での粘り腰
ラリーが続くほど、試合が長引くほど
研ぎすまされていく錦織圭
一晩もんもんと粘った末
朝方にいい原稿が書けることもある

里芋もそう。料理する時は粘り気を
わずらわしく思うけど、食す時は
あのねっとり感がたまらない
粘着質万歳! まあ恋愛関係においては
検証の余地ありですが…

〜〜2014.11「フィッテ」「つむぎやの野菜ごよみ」エッセイより〜〜

調味料について思ふこと

昔、レストランのシェフに調味料について取材させていただいたことがある。
サラダにはこの塩、マリネにはこの塩、肉の漬け込みにはこのお塩、そんな風に料理の特製によって、お塩の個性を使い分けていくシェフのお話が、とても刺激的でした。

また一方、お料理教室に通わせていただいた「銀座藤田」の大将は「うちは調味料特別なもの使っていません」ってなスタンス。塩、醤油、みりん、酒、それぞれよいものだけど、すごい高級というわけでもない。
あと数種類、調味料はあったと思うが、ほとんどこの基本調味料とお出汁の組み合わせを駆使して、刺身醤油を作り、ポン酢を作り、土佐酢を作り、吸い地を作り…といった具合に手作りの調味料に展開していく。その展開された調味料から、数々の美味しい料理が生み出されていく。
その和食のシンプルな感じ、展開の仕方は今でもすごく好き。どっちの考え方ももちろん正解。

で、ちょっと家庭レベルの話をしてみる。
最近調味料を作っている生産者の方たちのお話を聞く機会がたくさんあって、みなさんの真摯なもの作りに取り組む姿勢にも共感することも多い。何よりその調味料が美味しいし、そしてそういったものを使うことで育まれるコトってやつが、家庭の中にはあって、やっぱりよいものを選びましょう&使いましょう、となる。

そんで、またちょっと別の角度から話をすると、あるとき(5年ぐらいも前かな〜)、売れっ子男性編集者のYさんと話している時のこと
「もう自分の料理は全部ウェイパーの味になってしまうねん(笑)」
ってな話をされていて、自分も一人暮らしから料理を始めたので、そのエピソードは、わかるーってすごく共感。

料理を憶えていく過程で、調味料をひとつひとつ開拓していく。その過程で「キラー調味料」的なものに出会うことがある。それまでの自分の料理に「キラー調味料」をプラスすると、もうとにかくすべてレベルアップしちゃう(したように感じる)。んでもって、ブームが去るまで、かなりヘビーローテーションされることとなるわけ。

Yさんにおけるウェイパーもそうだと思うし、カレーにおけるガラムマサラなんてのもそう。ナンプラー、塩麹、よっちゃんなんばん、あけがらし、生七味、五香粉…… そういうものとの出会いで、広がる料理の味というのも確実にあって、これもまた料理の楽しみなわけですよ。

ひとえに調味料といっても、これだけたくさんの正解があるわけで、それはつまり料理に対してのアプローチも、たくさんの正解があるっていうことを教えてくれている。
長くなってきたので今日はこのへんで…

〜〜2014.10マツーラfacebookをちょっとだけアレンジ〜〜

人間交差点

お見舞い帰りの帰り道。実家から出てきた父と別れたあとの一人のごはん。あっ、孤独のグルメを気取りたくなったわけぢゃあないよ。

カウンターは満席。テーブルに相席をお願いしますとな。サラリーマン8割、アキバ帰りのオタクの2人組がちらり。メンズ100%。

壁に貼られたメニューに目移り。さんま定食も気になったが、まわりを見わたしてもうひと悩みふた悩み。ナス味噌定食ともろきゅうを(ビールレスです)。
向かいにいる相席のサラリーマンはカルビ定食。めちゃクイックに出てきた。身なりはきれいで20代前半ございます。

隣のテーブルはおじさん3人組。50代後半⁈ 2人はワイシャツ姿。残りはボーダーのポロシャツ。
この3人組はサッカー談義。主に高校時代の回想ばなし。釜本の銅メダルの後の新入部員は50人いたとか、あいつのキックはすごかった、○○は高校までサッカーやったことなくてキーパーにさせられたんだよな、○○の切り返しすごかったよな、高校時代に身につけたテクニックはその後の基盤になるよな、おい、憶えているか?新人戦の時の伝説の天井破りのシュート…(笑)

先に席を立つのがもったいない…いやぁ人間交差点を堪能しました。

帰り道に歩いていてふと思ったこと。
いろいろな人の居場所があるっていいなぁ。

〜〜2014.9マツーラfacebookより〜〜

夏休みの色目

そよぐカーテンは向日葵色
さらう風は萌葱色
窓を開け放って夏の風を招き入れる

広い広い青空に
白い白い入道雲
軒先に咲く朝顔は江戸紫
洗い桶に浮かぶ果実は茜色

ゆらゆらと水に泳ぐ姿が愛おしくて
調理する前にトマトにがぶりつく
ちょっとだけ青臭い味が広がって
少年時代の夏休みを思い出す

夏の思い出ってカラフルだけど
ところどころセピア色
トマトは夏休みの味
つまり太陽の味なんだ

〜〜2014.7「フィッテ」「つむぎやの野菜ごよみ」エッセイより〜〜

野球場という風景

プレイボール後に球場に向かう人たちは早足で
その誰もがちょっと楽しそうで
サラリーマンの首もとの汗もなんだか悪くなくて
夕暮れの球場にナイターの照明がまばゆくて
広い球場を見渡すと気持ちよくて
ぬるんとした空気に生ビールが美味しくて
そこに一陣の風が吹き抜ける
点が入るたびに周りの人とハイタッチしたり
ホームラン出てスカっとしたり
カープの応援のコールが慣れなくてドキドキもする
生ビール売っている女子が溌剌だったり
その女子の指に挟んだ札束の収納術に感心したり
野球命なお父さんとカープ坊やみたいな親子が仲良かったり
その坊やの近くにいたサラリーマンがアイスをおごってあげたり
そんなこんなでゲームは白熱、延長戦へ
延長戦のアベックホームランにボルテージは最高潮
勝ちゲームはなかなか球場を後にするのが名残りおしくて
帰り道にもその熱いテンションがちょっと残ったまま歩くのさ
シアワセそうなおじさんをいっぱい見られたので満足です
(もちろん若い人たちもいっぱいいました)
愛すべき日常のワンシーン
つまり野球ってよいなと思ったのだ

〜〜2014.7マツーラfacebookより〜〜

有ることは難し

ありがとうの語源は、めったにない、
貴重な、かけがえないのない…
もともとはそんな状態を表す言葉で、それが転じて、
宗教的な感謝の意味を含んできたわけで…

昨晩のかぐれでの石原稔久さんの晩餐会は、
そんなありがとうの語源を紐解くまでもなく、
本当に有り難い夜でありました。

積み重ねてきたものとか、内側に秘めてきたものとか、
そういったものがふとした瞬間に溢れ出ることって
あるわけで、昨晩はあまりにも満ち満ちて、こぼれ落ちて。
今宵の月を見て、なんとなく納得するものもありました。
まあ昨晩は望月ではありませんでしたが…

いくつものヤマを超え続け、さらに縦走し続ける毎日。
こんな夜もたまにはあってもいいよね。

ありがとう。

〜〜2014.4マツーラfacebookより〜〜